研究上の不正

http://www.accounting-research.net/blog/archives/2004/12/post_93.html

Bell研に続き,科学研究における不正行為の問題が理研でも起きたらしい。いわゆる成果主義によって,研究者が業績を上げるプレッシャーを感じれば,この種の不正はどうしても避けられない。現状では,研究者としての良心や職業倫理に歯止めを期待しているにすぎない。

しかし,科学技術研究の重要性にかんがみたとき,何らかのかたちで,研究プロセスの監査が必要なのではないかと思う。

なお、調査の結果上記(2)、(3)の事実について不正に係わったと調査委員会により認定されたこれらJ. Cell Biology,(1999)及び他の1編の論文の第一著者は、一部についてデータが違うことは認めたものの、意図的な改竄ではなく、不正発表にはあたらないと主張している。また、これら2編の論文の戸所一雄及び第一著者以外の共著者は、不正に係わっていないことが確認された。 (Ibid.)

というのはどうなんだろうか。共著者は,不正にかかわっていないという意味で第一義的な責任はないとはいえるものの,不正を行なっている人の一番身近にいて,しかも専門知識もあるため,一番不正を発見しやすい人たちであることはまちがいない。彼らに,不正が発見できなければ,ほかの人が不正を発見する確率は低いという意味で,「法と経済学」にいう最割安費用回避者であるということになろう。とすれば,不正発見の責任を彼らに課すのが一番順当である。

「サイエンスの現場は信頼によって成り立っている」「科学研究においては分業が非常に進んでいるため,ほかの研究者の結果が正しいかどうか確認のしようがない」「論文本数稼ぎに名前を載せてもらっただけ」...そういう意見はあるだろうが,論文に著者の一人として名を連ね,自らの業績リストにその論文を載せるなら,共著者のやったことの責任の一部を負担するのは当然であると考える。

元の記事は理研の不正行動への公表です。

独立行政法人理化学研究所の研究員による研究論文不正発表について

http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/press/2004/041224/index.html

独立行政法人理化学研究所(以下「理研」)では、研究員による3篇の研究論文の不正発表について調査した結果、これらの研究論文に改竄が認められたため、当該研究員(研究論文の責任著者2名:前職員)に対し研究論文取下げの勧告を行った。

理研は、本人了解の下、当該前職員による研究論文取下げの経緯を見守っていたところ、1篇の研究論文について、今般、前職員と出版社との調整が終了したとの報告を受けたので、この機会に他の2編の論文と併せ、理研における研究論文の不正発表について公表する。なお、他の2編の研究論文については、現在も前職員と出版社との間で論文の取扱について調整中である。

不正行為に対する理事長の所信

独立行政法人理化学研究所

本件は「科学研究」に名を借りた意図的な架空出版物作成行為である。動機の如何を問わず科学の尊厳と本質を冒涜するものといわざるを得ず、本行為に深くかかわった者の科学者としての資質の欠如は明白である。

我が国を代表する研究所たる理研がこれらの者に長年にわたり活動の場を提供してきたことは誠に遺憾であるが、同時に本件が理研の名誉を著しく傷つけたことに対して強い憤りを感じるものである。

今後、このような不正行為の再発は断固として阻止しなければならない。理研としては当事者に対して科学社会あるいは出版社に対して自ら適正な釈明を行うことを促すとともに、本件を公表することによって透明性を保ち、社会から指弾を浴びるような行動を起こさないような環境作りに取り組んでいく所存である。